
学校へ行くことのない生活が当たり前になり始め、主人と娘の将来を毎日話し合うものの
答えは見つかりませんでした。
転校も、通信教育も、様々な道を模索しましたが、本人はもう誰も信用できず、学校と
いうところに行くことができないようでした。
主人が、親として娘に想うことを伝えようと、ある晩、娘に『今の中学に行くのが辛いなら
行かなくてもいい。
ただ、中卒では就職するのも難しいだろう。頼むから高校だけは出て欲しい。
高校さえ出れば、好きなことをしていい。』と、話をした記憶があります。
娘はただ、できない。
もう勉強もわからないから、高校へ行くのも難しいと、主人の話を
受け入れることができなかったように思います。
次の日、『迷惑かけてごめんなさい。
もうどうしたらいいのかわからない。
今までどうもありがとう。』という手紙を見つけました。
娘は荷物をまとめ、家を出ました。
ただただ生きていて欲しい・・・そう思い、何日も娘の帰りを待ちました。
昼間、私達が仕事に出かけている間に、着替えなどに帰ってきている様子でしたので、
娘に置き手紙をし、食事も用意して、私達はあえて仕事に出かけました。
本当なら会って色々話をしたかったのですが、今話をしても同じことの繰り返しになって
しまい、私達はバラバラになってしまう・・・そんな気がしたのです。
今までも娘とはぶつかってきました。どうしてこんな風になってしまったのか、娘の胸元を
掴み、何度もどうして?どうして?何やってるの?と、娘を責めたこともありました。
私が、私達が娘を追い込んでしまった・・・責任を感じていた部分もあります。
甘やかしている、ワガママをさせている・・・そんな風に言われ続けましたが、私達は
何としても娘に生きていて欲しかった。
生きていれば、きっと生きる道が見つかる。
必ず戻って来てくれる。そう信じて、昼間家に戻る娘に手紙を書き続けました。
娘からは『ごめんね』という手紙が何通も残されていました。
私が娘に書いた手紙を持って、娘は家を出ていたと思います。
そんな生活がしばらく続いたある日の夕方・・・家に帰ると、玄関に娘の靴がありました。
嬉しくて、本当に嬉しくて、『 お帰り 』と言いたかったのに、涙で声になりませんでした。
























